憂邦烈士連合会@ソロプレイ

IT、PG、アニメ、エンタメ、政治、歴史、時事、社会、カメラ、etc

【日本語の独自性の嘘】一人称人称代名詞の数は多くない。むしろ0。

 よく日本語は一人称が豊かだという日本語スゲー論があるが、間違いである。

 そもそも、一般的には、私、あたし、ぼく、俺、程度しか使われず、拙者や朕が許されるのならば英語でもIじゃなくて、Meを一人称にした変わった言い回しもカウントしていいことになるし、古語のIcだって使っていいことになる。
 ようするに、フェアじゃない。

 日常生活で拙者なんていうか? 天皇陛下すら朕とは言わない

 そして、非常に残念な事実として、朕は中国語の一人称であり、日本語に輸入されただけだ。
 現代中国語は「我」が99.9%の使用率だが、古くはたくさん種類があった。
 逆に日本語は、古代にはアとかワとかしかなく、古語になればなるほど種類が減る。逆に中国語は増える。

 で、これが一番の勘違いなのだが、日本語の私や中国語の我は人称代名詞ではない。そもそも一人称二人称三人称という考え方自体が西洋文法の作法で、これを無理くり系統も歴史も文化も違う東アジアの言語に当てはめた結果、意味のわからない誤謬をしてしまっているだけで、そもそも日本語に人称代名詞はない

 英語のIは人称代名詞で、活用する。
 I,My,Meと。一方、日本語、朝鮮語、中国語の、それぞれ、私、ナ、我はすべて活用しない。接辞がつくだけだ。つまり、機能的には名詞と同じなのだ。

 その証拠に英語ではIとHeを入れ替えることはできない。
 意味が変わる(母親が幼児に対して、自分をIではなくShe、幼児の動作をIであらわすような特殊な言い回しは除く)。
 しかし、日本語ではこれが容易に入れ替わっており、自分の名前を一人称として使えたり(印欧語においては不可能)、関西弁ではワイは一人称だが、九州弁では二人称になるように、方言の間でも入れ替わりが見られる。これは英語の方言では絶対にありえない(コックニーではyouが一人称とかそんな馬鹿な話はないのだ)。

 つまり、I take a bath.とKim takes a bath.は全く異なる文章形態だ。

 前者は人称代名詞を使った文、後者は固有名詞を使った文。
 日本語では、私は風呂に入る。キムは風呂に入る。でどちらも名詞的で同じだし、ここでキムは前述のように一人称かもしれず、そうなると文章としてこの二つは同じ意味になる。

 つまり、繰り返すが、日本語には人称代名詞がない。

 彼、彼女という言い回し自体が西洋語の翻訳由来だし、二人称のあなたやきみはほとんど使用されず、省略される。
 文法的に重要なはずの人称代名詞がほとんど用いられなかったり、省略されるのがデフォルトというのは変な話だ。動詞に認証標識があるわけでもないのに。

 朝鮮語でも二人称はほとんど用いられず、タンシンを使う文はガイジンっぽいとされる。

 その代わり日朝語では、固有名詞や役職が使われるのだ。

 課長、あなたはすごい。とは言わない。課長はすごいですね、と言う。一般的には。もちろん前者は不文ではないし、使う人もいるが、通常、目上の課長に対し二人称を使うことはない。

 何度も言うが、日本語は代名詞がないばかりか、一人称二人称三人称の別があまり明快ではない

 中国語は明快な方だが、これは近代語の話で、古語になるほど日本語の古文のように人称がよくわからない容態となる。
 中国語が明快になったのは、モンゴル語満州語の影響とみられる。印欧語ほどではないが、これらの言語は古代中国語よりも人称を表示する傾向にあった。
 日本語が西洋語の影響で人称表示をするようになったのと似ている。

 つまりだ。人称代名詞の数というもの自体が比較できないのだ。

 言ってしまえば、原理的に朝鮮語もいくらでも増やせることになる。構造的に日本語とほぼ同一だからだ。
 格変化を伴わない言語である中国語、タイ語なども原理的には無限に増やせてしまう。また、逆に言えばだ。