現代文明は20世紀にイギリスに支配された。
正確には英米によって、その魂の部分から支配された。もう抜け出すことはできない。ヨーロッパですらそうだ。
非英米国は魂の部分でイギリスの支配を受けた。
唯一対抗できそうなのは世界でひとつだけ。フランスだ。さすがイギリスと覇を競っただけはある。
しかし、19世紀末に国際公用語としての地位を公式に英語に奪われて以降、フランスの影響はどんどん衰え、今となってはドイツ以下となってしまった。
私たちは魂のレベルでイギリスに支配されている。
たとえば、イタリア人の魂の憩いの場である居酒屋はバールと呼ばれているが、これは英語のbarのイタリア語読みだ。ドイツ語は英語の影響で本来存在しなかった完了形が生まれてしまった。haben+過去分詞だ。
日本語のことわざの多くは英語だ。例えば、豚に真珠は英語である。また、彼女や彼といって文法の根幹に及ぶ代名詞がそもそも英語翻訳の際に生まれた。
インドに近代以降文化の多くはイギリス人による多大な改竄を受けている。
カースト自体がそうなのだ。もともと釈迦の時代からカーストはあったが、あのインド人だ。真面目にやってはいなかった。
あったにはあったが、厳格さは緩いものだった。現代のような厳しいものになったのはイギリス人の手による。
多くの民族がイギリスによって国境線を引かれた。結果、民族の分布そのものが操作され、現代にいたる。
現代の議会制民主主義が唯一のグローバルな民主主義、というのも思い込みだ。あれはそもそもイギリスでしか生まれなかったということは、イギリスが「先進的だった」のではなく、イギリス特有の「ローカル」な政体だった、ということだ。
むしろ、世界で同時多発的に誕生した「神授された王権による支配」こそが人類普遍の政体だ。
これからの人類の課題は地球温暖化とか黒人差別とかそういうことじゃないし、そういうこともそもそももとをただせば、人類の多くが英米に魂を侵略されたがゆえに起きたことだ。
人類は英米による魂の支配から脱却する必要がある。
「魂の殺人」ならぬ「魂の支配」だ。
私たちは思考するとき無意識に英米を基軸にものを考える。洗脳されているのだ。中国やロシアですら、英米が基本で、自分たちはマージナルだという潜在意識があるように見える。