憂邦烈士連合会@ソロプレイ

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野蛮人

 いまでこそ日本人は礼儀正しいだの順法意識が高いだのと言うが、それは徳川家のおかげである。
 戦国時代を経験した家康はくっそ野蛮人の日本人を文明人にするための政策を重視した。もっともこれは、秀吉の刀狩り(早い話、ここでいう刀=武器で、当時は百姓も僧もゴリゴリに武装していた)に始まる一連の流れではある。
 天下統一した秀吉と家康の頭の中にあったのは、二度とこんな戦国時代があってはならん、ということにつきた。
 徳川家は家康以降も、儒教の一派である朱子学国学として学ばせ、勉学を奨励した。また、綱吉の頃に完成を見るのだが、その最大のものが生類憐みの令だ。この「生類」とは仏教的には人間を含み、「勝手に農民を斬り殺すな!」「農民も農民で血で血を洗う抗争するな!」「無宿人も保護しろ!」「病人だからといって河や山に捨てんな!」という至極まっとうな政令で、おかしかったのは犬が人間と同列だっただけで、まことに近代的な福祉思想以外の何ものでもなかった。
 江戸以前の日本人の野蛮さはオランダ人やスペイン人が傭兵にやとう位の戦闘民族だったし、元寇の際は文明としての最低限のルールすら守らない日本の武士にモンゴル兵すらドン引きしていたし、日本人海賊があまりにも中国・朝鮮沿岸で略奪行為を繰り返すため、明や李朝はまともな港の設置ができなくなり、鎖国する羽目になった。
 まあ、ヴァイキングみたいなもんだ。

ヨーロッパ人の気に入らないところ

 私がヨーロッパ人の気に入らないところは、いまだに自分たちが世界の支配者――ルーラーだと思っていることだ。
 ロハス指令だとか、ISOとかそういうのだよ。気に入らないことがあればマイルールを世界に押し付ける。
 で、日本人は欧米がルーラーだって思い込んでいて、それに挑戦する気もないし、それが「常識」であり、そもそもルーラー=欧米しかありえないと信じ切っているので、ルール変更すんなカスともいわず、自分らでルール設定もせず、従順に従っている。
 国際法がいい例だ。あれはイギリスのルールであって、別に世界で採択されたルールでも何でもない。
 で、中国人はそのあたりわかっていて、俺はてめえらのルールには従わない! というときがあり、名誉白人の日本人はこれが気に入らない。私と逆なのだ。私は欧米のルーラーっぷりが気に入らないが、多くの日本人は絶対的ルーラーの欧米に逆らう中国人が気に入らない
 なぜなら、日本人は世界で一番従順で、強いものが大好きだから、欧米ルール=アメリカは最強なので、強いやつに逆らうなんてケシカラン! と思うのだ。
 が、最近はだいぶ中国嫌いが減ってきた。
 まあ、そういうことだよ。強いもん中国。
 昔は技術がーとかいっていたが、EVとかドローンとかはまずい。ドローンなんて、中国、アメリカ、トルコが最先端で欧米と日本は置いていかれている。
 EVはつくれても内燃機関は作れない! とトヨタageするネトウヨはウヨウヨいるが、これこそ日本が来た道だ。
 戦後の日本を支えた産業のひとつに光学機器があり、その一つがカメラだが、日本人はどうしてもライカやツァイスといったドイツ製のレンジファインダーに勝てなかった。そこで一眼レフの製造を始める。
 当時の一眼レフはまだほとんど未開拓の分野だったし、みなレンジファインダーの時代が続くと思っていた(ドイツ人はまさか後進国の日本が自分ちに勝てるとは毛ほども思わなかった)。
 しかし、1970年代になるともはや一眼レフの有意性は揺るがなくなり、あわててドイツメーカーも一眼レフに乗り出すが、すでに手遅れ、ライツ社は倒産する。
 これと同じだ。確かに中国は内燃機関は弱い(戦車、高級車用途のものは昔から製造していて、まったくつくれないわけじゃない)。だからこそ新しい分野のEVで勝負するのだ。
 ドローンも同じだ。これまで存在した内燃機関ラジコンヘリの置き換えになる。モーター制御でマルチコプター、電子制御を搭載したドローンは、農業用途、空撮用途といった既存の需要にも利用可能なのであって、何もドローンの空中花火みたいな新しい用途だけに存在するわけじゃない。
 これまで農薬散布や空撮には熟練のオペレーターが必要だった。また、燃費も高かった。しかし、電気駆動のドローンは燃費もいい上、GPSでソフトウェア制御するので熟練のオペレーターが要らず、人件費が格段に安くなる。
 そのうち建築機械、クレーンやショベルもドローン化すると思うが、一番重要なのは人件費だ。重機のオペレーターは技術力で、原発のような大量の巨大重機を使う現場だと全国から集められる。それくらい需要がある。そして、人件費が高い。一日3万円以上だ。ジブクレーンなんかになるともっと高いだろうし、トンネルジャンボのような特殊機械だともっと高そうな気もする。
 重機レンタルでもこのオペ代が本当に高い
 一般住宅でさえ、経費の半分以上が鳶や大工の人件費と言われている。ドローンはこのあたりの置き換えになる。
 逆に、掃除用ドローン(ルンバのようなもの)は普及しないだろう。おばちゃんの人件費は安いからだし、ますます安くなっていく

Made In UKって見たことない

 民生品はほとんどMade In JapanかChina最近はVietnamばかりで、欧米製を見ることはない。駆逐されたのだ。
 しかし産業用となると話は代って、割と見るのだ。
 私の仕事分野でもよく見る。
 光学機器はドイツ、スイス製をよく見るし、電池はフランス製、データロガーや通信機器はUSA、治具はイタリア製。それでもいまだにイギリス製を見たことがない。イギリスは金融一辺倒になったというが、マジだということだろう。

中東は先進地域だった

 人類の歴史上、中東はずっと先進地域だった。
 そもそも新大陸文明と中華文明(黄河、長江)以外は、すべてメソポタミアから始まった。なので四大文明というのはちょっと違い、実際には中東系、黄河系、長江系、中央アメリカ系、アンデス系の五個だ(モホス系を加えてもいい)。で、実際残存しているのは二系(中東、黄河)なのだが。
 エジプト文明はその初期(未文字時代)からメソポタミアの巨大な影響下にあったことが最近の考古学ではわかっている。これがヒエログリフに絵の段階(絵文字以前)がない理由だろうし、インダス文明も同様に絵の段階がない上、メソポタミア系の出土品が多数見つかる反面、逆は殆どない(文化はほぼ常に文化程度が高い方から一方的に流れる)。
 また、インダス文明は早期に滅び、シュメール・アッカド文明の末尾に連なるアーリア人に侵略されて現在に至る。つまり、完全に中東文明に置き換わっている。
 ヘロドトスギリシャ人はペルシア人の真似事ばかりしているというようなことを書いているし、実際アクロポリスペルセポリスの列柱によく似ている。ギリシャ人が単独で発展した、と思いたいのはヨーロッパ人の妄想の産物だ(エジプトの影響は認めるが、ヨーロッパ人はどうしても中東=イスラムのイメージからこれを受け入れない)。
 中東では人類に大きな影響を与える多くの基幹技術が発明、開発された。
 天文と暦法が60進法なのはシュメール人の発明だし、数学、会計、貨幣、一神教キリスト教はヨーロッパの宗教だと思い込んでいるが、発祥の地はシリアである)、建築学、灌漑、ほぼ中東で生まれた。
 中国人はヒマラヤとゴビ砂漠の影響で自力発展を余儀なくされたが、天文学や貨幣については中東から移入された。というか、この二つがないと先進地域である中東と取引や貿易ができなかったのだ。
 中東は先進地域だったために、めまぐるしく支配者が入れ替わった。そうだろう。世界で最も豊か土地なのだ。みんなほしい
 シュメール人は異様なほど進んだ経済、学術、会計、建築、天文の知識を残して、早期に歴史から消えた。このせいで、長らく彼らの存在は歴史上記述されなかった(なにせ近代に粘土板が見つかるまで古い時代のことすぎて誰も憶えていなかったのだ!)。
 アッカド人、アッシリア人バビロニア人、ペルシア人ギリシャ人、ローマ人と次々に支配者が入れ替わった。
 ローマはヨーロッパ文明ではなく、中東文明の末端に位置していたローマ帝国がヨーロッパではないのは、すぐに首都機能が田舎のローマではなくコンスタンティノープルへ移動したこと、田舎言葉のラテン語ではなく中東でも通用したギリシャ語に置き換わったことがあげられる。
 ヨーロッパ人はローマ→ゲルマン世界へ、あたかも文明が移動したかのような嘘をを正当化するため、西ローマの滅亡=ローマの滅亡とし、東ローマのことを自称もしていないビザンツ帝国という謎用語で呼ぶが、私は呼びたくない(ビザンツ帝国を認めることはヨーロッパ中心史観を認めることになる)し、ローマの滅亡は東ローマの滅亡をもってする。ちなみに、この理屈だと東ローマの後継者はオスマン帝国である。
 オスマン帝国、つまりトルコ人は中東文明最後の担い手となった。東ローマ帝国は最後までゲルマン世界(かつての西ローマ)ではなく、中東を見ていた。そりゃそうだろう。先進地域だもの。
 これはササン朝が健在だったころからそうだった。ササン朝と東ローマはいがみあってはいたが、エフタルやゲルマン人といった文明の外の野蛮人に対しては共闘する動きを見せた。また、ササン朝支配下メソポタミアを東ローマはずっと奪還しようとしていた。かつての本領イタリア半島よりもほしかったのだ。
 オスマン帝国になってからもそうで、オスマン王室と東ローマ王室には交流があったし、同じキリスト教でもカトリックは野蛮人の巣窟のように東ローマ帝国は考えていたフシがあり、そんなんよりもメソポタミアを獲得したトルコ人の方が対話できると思っていたフシもある。
 実際、オスマン帝国は世界一の先進地域にふさわしい経済力と軍事力を見せた。
 ヨーロッパ人はそれに愛憎半ばする感情を抱きつつ、実際はとてもうらやましかった西洋音楽はトルコ音楽の模倣から始まったし、近代の軍隊も近代の官僚制も、トルコの模倣から始まった。古いイタリアの寺院はモスクにとても良く似ている(ヨーロッパ人は認めないだろうが)。
 もっともこれは昔からで、ヨーロッパの王っぽさの象徴の王冠と杓をローマ皇帝はもっていない。どこからきたのか? これはペルシア王(ササン朝)の風習だったのである。ササン朝皇帝もまた、事実上の世界王(中東を支配することは世界の中枢を支配することと同じこと)だったわけだから、垂涎の的、まねしたのだろう。
 これまで世界史は二系統しかなかった。ヨーロッパ中心主義か、日本人が記述する東アジアも重要視したもの(ユーロセントリムを前提としつつ)か。なので中東や北インドシルクロードの「経由地」扱いだった。だがこれが間違いだ。
 実体としてはシルクロードの中枢に中東があり、西の終点がローマで、東の終点が長安だっただけだ。貨幣経済を生み出し、それを管理していたのがササン朝だったんだから当たり前の話である。
 ではいつ、中東は先進地域の地位を追われたのか。完全にケリがついたのはオスマン帝国の解体だったと思う。このとき中東は完全にオワコンとなった。19世紀の初めの頃だ。
 ヨーロッパ人が世界王に勝つ方法はひとつしかなかった。世界王の権勢がほとんど届かないか、まったく届かない地域で勢力を得るのだ。それが新大陸であり、オーストラリア、ポリネシアブラックアフリカであった。それ以外は少なからず世界王の影響が及んだ。
 これはうまくいき、19世紀には完全に勝利が確定しつつあった。世界王の帝冠は最早中東にはなく、ヨーロッパの誰かのものとなった。しかし、今度はこれをめぐって最終的に勃発したのがWW1とWW2なわけだ。
 面白いのは、地中海・中東指向だったためにあれだけ巨大だったオーストリア帝国が跡形もなく消し飛んだことだ。残ったのはオーストリアという名前の小国である。この辺、オスマン帝国とよく似ている。ヨーロッパのすべてが躍進したわけではない、ということだ。躍進したのは基本的に世界王の目の届かない地域を狙った西ヨーロッパ諸国だ。
 例外はロシアだ。
 なぜロシアは例外なのか。ロシアはその成り立ち、支配域から考えて、かつてロマノフ家がそう主張したように、ローマの後継者ともいえなくない。だからこそ、オスマン帝国と何度も争ったのは、最終的には、中東の支配権をめぐって、ということになるわけだ。
 ロシアが欧米世界と対立するのは、ロシアは中東文明の系譜の最終章だからかもしれない。オスマン帝国なきあと唯一の残り香だったわけだ。もっともそれも世界王の帝冠を得たイギリスの分派アメリカによって潰えるが。
 19世紀以降、先進地域はヨーロッパに移動し、そのままだ。ロシアの挑戦は失敗した。
 現在再びこの帝冠を狙っているのが中国である。
 中華文明は長く外界だった。世界の中心から遠かったからだ。田舎ものが中東の帝冠を狙うというのは歴史上の必然として続いてきたことだ。今もその帝冠は16世紀までまともに世界史に記述する必要のないイギリスの頭上にあるわけだし。

恵体

 ここ最近、アニメゲームで、いわゆる恵体の女性キャラが評価されている。
 なぜだろう?
 少し前までは胸だけでかいロリ体系が受けていたし、確かに20世紀後半には1キャラは姉御系のがっちり体系キャラがいたが人気はよくなかった。
 経済の低迷のせいじゃないか? と思う。
 専業主婦願望の女が多いが、今の世の中、共働きでないと暮らせない。
 そこで求められる女は、体力的に強い女性となる。恵体が望ましい。
 一昔前の胸だけでかいガリでは駄目なのだ。性的な魅力だけでは駄目だ。体力もなくっちゃ。
 なので、ここ10年、七瀬葵とかあのへんみたいな巨乳ガリの絵柄は鳴りを潜め、むっちりがっちりした絵柄が人気になってきている。昔から韓国ではこの手の絵柄が20年くらいまえから人気だったので、やっぱり女性に何を求めるか、ということなのだろう。
 アニメゲームのメイン客層は10台20台だろう。
 ここが求めているのだ。
 体力的に強い女性を。

クローン脳

 最近、培養した人間の脳を操作する研究をしているようだ。
 中国のクローンや遺伝子改良には人権侵害とたたく癖にこっちは叩かんのか? と思ったらオーストラリアの話だった。やっぱりね。白人はいまだに白人ならOKが多すぎる。どう考えたって人倫にもとるわ。

夫婦共働きは日本の伝統

 夫婦共働き。共同で家事育児というのはもともと日本の伝統であった。
 サラリーマンが大量に誕生し、給与がうなぎのぼりだった戦後のあだ花こそが専業主婦である。
 というのも、戦前において国民の九割は農民だった。
 いまも農家は共働きだが、当然国民のほとんどは共働きだった。そして、農地は家の隣や近所なわけで、父親はだいたい家か家の近くにいた。母親が飯を作っている間、父親が子供を見ていた。だから家事育児は父親も普通にするものだった。そもそも、捌いた肉も売ってないような時代には、鶏をくびって捌くのは父親の仕事だった。