石造建築と日本

 よく、ヨーロッパの石造建築は地震に弱いと勘違いしている奴が多いが、別にそんなことはない
 たとえば、熊本城は熊本地震で崩壊したが、逆に言えば、築城から400年間、石垣はほとんど崩れなかったわけで、日本中、石垣はだいたい現存している。つまり、ようは耐震構造になっていればよいのであって、石造が地震に弱い、というのは思い込みだ。
 さらにいえば、関東大震災で倒壊した建築物のほとんどは「木造」であって、しっかりつくった帝国ホテルや東京駅は崩れなかったから、修繕して戦後も使ったわけで、東京駅なんか今も現役なわけだ。補強はされているが。
 地震がくれば、しょぼい建造物は木造石造問わず、崩壊する。
 また、ヨーロッパと言っても震度3をグレートアースクエイクとかぬかすイギリスと、火山国であり、ユーラシアプレートとアフリカプレートのせめぎあいの場所(だから日本と同じで細長い形状になってしまっている)のイタリアを同列に語るのは間違っている。
 20世紀に入ってからも、イタリアでは万単位の死者が出る大地震津波被害)が何回か起こっている。しかし、イタリアはヨーロッパでも最も古い建造物(石造木造問わず)が残っている場所なのは、みなよく知っていることだろう(建造物のバリエーションも世界一豊富とさえいる。コムーネ毎に違うのだから)。これだけでも石造が弱いというのが間違っているのがわかる。
 ではなぜ、日本は木造ばかりなのか。
 早い話、日本では石造免震構造がヨーロッパから技術導入されるまで開発されなかったのだ。また、木造の免震構造も中国由来のもので、日本由来ではない。というのも、法隆寺なんかの建築技法は仏教とともに中国から移入されたものだし、紫禁城が強固な免震構造(模型の実験では震度7にも耐えうる)であることを日本人はほとんど知らない(西洋人には有名な話で、西洋の研究者が木造免震の歴史を調べる場合、日本人は日本を調査すると思うかもしれないが、まずは中国が参照される)。これは日本人によくある、アジア的なものは日本がすべて優れているという思い込みによるものだろう。
 日本の木造建築は、古代に中国から伝来した宮殿建築と、南方から伝来した高床式住居がずっとそのままで19世紀を迎えた。ほとんど改良がなされなかった。オンドゥルさえ開発されなかった(この点では朝鮮人以下)。そう、日本では石造建築技術の体系自体が発生しなかった(中国やベトナムには一応ある)。
 中国人がもっと石造建築に意を割いていれば、日本も少しは石造建築があっただろう。もっともこれは解決法の話で、ローマ人は耐震目的でローマンコンクリートを開発したが、中国人は木造免震でこれを解決した。これまた、多くの日本人が勘違いしているが、釘を使わない建築は中国由来で、紫禁城も釘はほとんど使用していない
 そもそも論として、中国の大震災の話を今世紀に入ってからも何度もきいていて、中国に耐震建築がなかったと思う方がどうかしている。中国人が耐震建築をつくらないはずがないだろう。まあ、20世紀の現代建築は粗雑なものが多かったのは事実だが(なぜか知らないが、日本では三国志以外の中国史、特に科学史建築史は無視されているのでこういった勘違いが生まれる。ローマに比肩する大文明がまさか相応の科学技術がなかったわけがない)。
 というわけで、石造建築が地震に弱いというのはとんでもない過ちである。
 和式建築については、茅葺や囲炉裏も独自のものではない。茅葺については、多くの国で歴史的な遺物もしくは高級住宅の装飾になりさがったが、経済的に悪いイタリアではいまも現役だ。
 囲炉裏についても同様で、ヨーロッパでは暖炉の「前段階」として利用された。中国や韓国ではこれが暖炉ではなく、オンドゥルになる(オンドゥルはいわばセントラルヒーティングみたいなもので、暖炉も部分的にはそうなる)。つまり、囲炉裏は進化していない過去の遺物で、そんなもんが20世紀後半まで存続していたのだ。囲炉裏が日本独自のものだというのもひどい勘違いである
 畳については、確かに独自の発展を遂げた。しかし、畳は高級品であり、各家庭に普及するのは明治維新後になる上、戦国時代までは厚みのある御座、マットとしての利用が主で、これは中国などでも用いらた形式である。つまり、畳はマット敷きの西洋家屋と同じようなもので、そう考えると素材が違うだけで、独自性はあまり感じられない。
 日本家屋で殆ど唯一の独自性は「障子」である。日本の家は木と「紙」でできていると言われたゆえんである。しかし、これも明らかに湿気をこもらせず、断熱を無視した、南方建築で、こんなものを改良もせず東北でも用い、北海道ではアイヌに笑われた。日本人は、見てきたように、かたくなに建築物の改良をやらなかったが、なぜなのだろう。火事の多い江戸でさえ、防火建築をしようという気配すらなかった(火除け地を設けるなど、町の構造では対処しようとしたが)。逆に戦後は異常に極端な、耐震規制、防火規制になった(衛生もそうで、汚かったのが一点、戦後は異常な衛生国家になった。土葬の異様な規制や対する偏見、抗菌グッズの異様な売れ行きなど)。
 障子をとっぱらうと、日本の家は高床式の南方の家にしか見えない(畳も本来はなく、庶民の家は明治まですべて板敷だったから尚更)。障子を足すと日本家屋らしくなる。しかし、この障子、何なんだろうか。
 風雨はしのげないため、雨戸が必須だし、セキュリティもゴミのようだ。障子の起源には詳しくないが、おそらく、昔、紙は高級品だったという点があやしい。ようは、高級品の紙をこんなにたくさん使えますよ、と外から見えるところにわざと張りちらし、マウントをとっていたのが由来だろう。日本人は(思慮深いというのだろうが)暗黙のマウントが大好きだ。茶道なんかその最たるもので、茶道具なんて基本ごみだが、ごみにしか見えないが価格が異常に高いというが、重要なのだ。相手が正しい価格(価値ではないので注意。価値はゴミに変わりがない)見ぬけなかったとき(見た目ごみなんだから見抜けるわけないが、同様にルソンの壺がある)に、マウント取り放題だ。マウントのためにセキュリティを無視したというのはなるほど、日本人の習性に合致するし、だからこそ、耐火構造かつセキュリティの高いの「蔵」を別途用意したと考えられる。