五輪とキャスティング

 支配者層がクズだから、クズばかりキャスティングされる。
 小山田に続き、関係プロジェクトの絵本作家にも児童虐待疑惑が持ち上がっているようだ。

 

 当然の話だ。

 

 採用する側がクズだから、クズを採用するのだ。いわゆる類友である。
 才能や経歴で選べばいいのだが、日本社会はそういう社会ではない。

 

 あくまでも私の私見にすぎないが、日本社会はコネ9割才能1割で決まっているように思う。

 もちろん、外国もコネは大事だ。アメリカだって半分はコネで回っている(日本人のイメージと異なりウォール街はコネだらけの世界だ。実力主義ではない)。しかし、我が国のコネ比率は異様に高いように思う。
 そしてそれを体現したのが今回の五輪である。

 

 そもそもエンブレム盗作の佐野に何億円もデザイン料を払った時点でおかしかった。ぶっちゃけ無名である。あの事件でみんな名前を知ったのだ。
 そのあと、五輪キャラクターは公募されたが、賞金は数百万ぽっちで、権利は委員会にあるのでデザイナーにはびた一文ロイヤリティも入らない。
 あまりに落差がひどい。

 

 なぜって? 公募のデザイナは「おともだち」じゃないからね。

 

 五輪キャラ(名前も憶えていない)のデザイナはきっと、これが実績になって仕事がくると思うだろうが、「くるわけがない」。

 中小企業からならくるだろう。

 五輪のデザイナを使えるなんて、鼻高々だ。
 しかし、大規模な政府や大企業がやるプロジェクトは、基本的に横のつながりとコネ(システム上、営業がやりたくてもやれない会社すらある)なので、今後も佐野がキャスティングされ続けるのだ。
 中・下級国民がどんなに佐野を叩こうが、中・下級国民は佐野のキャスティングを止めることはできない(権限がないのだ)。

 

 実際、多摩美はおとがめなしだった。

 

 著作権という創作上大事な部分の犯罪を犯しながら大学教授として居座れる佐野と、ただ親会社を訴えただけで何ら犯罪行為はしていない上にノーベル賞受賞研究者である中村修二が日本の大学がひとつも教授として迎えようとしなかった(異常な話だが)のは非常に興味深い対比である。

 日本では中村の方が罪深いとされる。

 

 理由は簡単である。

 

 徳島大学という底辺国立出(中級国民)が経営陣(上級国民)に逆らったからだ。

 これは日本社会では重罪である(ある意味殺人よりも重い)。

 同様の例は舛岡富士雄にも言える(こちらもその業績から考えれば大企業の技術顧問か東大教授になるレベルだがそんなオファーはなかったのだろう)。

 実際、舛岡富士雄の名前を知っている日本人は皆無に等しい(むしろ外人の方が偉大な研究者・技術者として知っている)。

 

 一方、佐野は上級国民サロンに入ることを許されたわけで、「一生安泰」だ。

 なにせ、何度も言うが下級国民にはどうしようもできないのだ。どうしようもできるのは中小企業(中・下級国民で構成される会社)だけである。
 さらにデザインには原価も評価額もないので、1000億円のデザインといえば10秒で描いた落書きでも通るのだ。

 

 最近、政府がITに力を入れている(デジタル庁など)のも同様の理由で、建築・土木と違い、ソフトウェアに「客観的な」積算根拠はない(行数はどうとでもなる。建築で故意に鉄筋の数を増やすと設計上から指摘され得るが、1行で済むPGを1000行で書いても指摘できる客観的指標はない)ので、一日で作ったクソソフトも、1000億円といえば1000億円だからだ。

 

 クズの横のつながり。これがすべてである(すぐにありえないクズ行為を擁護する奴が出てくるが、そいつはお仲間である。

 倫理観や正義感で擁護しているのではない。

 仲間だから擁護しているのだ(実際、五輪音楽担当者たちが擁護したようだ)。小山田の件は、擁護できる部分なんてびた一文ない。だからおのずとアクロバット擁護となり、炎上する)。
 クズがクズをキャスティングする。そしてだれも止められない。
 国民(中・下級)には、なすすべがない。

 

 国立競技場周辺の、最近の五輪に伴う交通規制もそうだ。事前告知もない(周辺住民にすらなく、挙句の果ては当日になるまで下っ端警察官にも知らされていなかったようだ)。
 外国メディアの取材許可の話もそうだ。許可申請だけさせて、合否の連絡もしない。

 

 馬鹿にしているのだ。国民(中・下級)や外人(決定権のない人々)を。

 

 理由は簡単だ。

 

 日本社会の決定権はがっちりと上級国民に握られていて、それ以外の人間にはどうやっても決定権がない。

 だからやりたい放題。批判されても無視すればいい。国民(中・下級)に知らせる必要はない、というわけだ。


 本当に腹が立つ。

 

 日本は間違いなく階級社会だ。上級国民になれるかなれないかで、別世界だ。
 ただわかりにくいのは、上級国民が多くの場合、実は「世襲ではない」ということだ。だから一見階級社会に見えない。自由な社会に見える。
 しかし、人生分岐で上級国民入りするかしないかで階級が分離している。
 絶対に上級国民になれないルート(技術系はほぼ100%なれない)もあるし、なりやすいルート(東大法学部など)もある。また、一回なれば安泰だ。犯罪を起こしてもかばってくれるし、犯罪後も重用してくれるのでダメージにならないのだ。

 

 わかりやすいのは、東大法学部だろう。ここに進学すれば上級国民入りする確率は高まる。
 既存の上級国民からスカウトもされやすくなる。

 

 日本は階級社会だ。何度でもいう。

 

 実際、レイプ事件で謎の無罪放免というようなことがある(山谷えり子の親戚のみ不起訴)。
 そういうまとめサイトもある。

 

 プリウス殺人事件の飯塚も最初はなぜか「さん付け」で報道された。最終的には逮捕されたが、これはトヨタ車だったからまずかったのだろう。

 飯塚はトヨタのせいに始終して、無罪を主張している。トヨタもキレたに違いない。車会社にとって欠陥は重大事だ。細かい話でもないし、一犯罪者の言い逃れの方便で済ましてよいことではない。


 当然だが、トヨタは上級国民に顔が利く。
 飯塚を取るのか、トヨタを取るのか、政府の判断(警察・検察)は明らかだった。
 もしこれがヒュンダイ車だったら? 逮捕状が出るわけがない。でても略式起訴で罰金刑で終わりだろう。
 飯塚もトヨタのせいにしなければ、きっと逮捕されていない。トヨタのせいにしたからこそ、トヨタ側が黙っているわけにはいかなくなった。

 馬鹿である。

 

 しかし、根源的な責任は国民(中・下級)にもある。
 自民党に入れるからだ。世襲議員に入れるからだ。不祥事を起こした議員に入れるからだ。
 だからやつらはのさばり続ける。

 

 国民(中・下級)は上級国民の横暴に何ら手立てがないのだが、ひとつだけ、選挙だけがどうにかできる手段なのだ。