司法人は非常識人

 裁判官とか弁護士とか、たぶん、ぶっちゃけた話、頭がおかしいのだ。

 

 アメリカのように、医者よりも弁護士が多いような世界なら違うかもしれないが、日本で弁護士資格を得ようとする人間自体、頭がおかしい。
 大して名誉もない(私は弁護士って、なるのは難しいよねと言う人にはいくらでもあってきたが、尊敬する人にあったことがないし、目指したやつにあったこともない)し、金もないし、別に「正義」でもない。

 

 私なら、難易度変わらないし、医者を目指す。
 医者は金も儲かれば、社会的地位も高く、医療は生命を救う貴い仕事でもある。アフリカとか中央アジアの医療へ向かってもいい。

 

 しかし、弁護士など、所詮「日本国内」でしか通用しないクソ資格であり、その知識も、国ごとに違い、普遍性はない。

 弁護士制度からしてヨーロッパでさえ千差万別なのに、英米大陸法が~という区分は嘘だし、そもそも法学用語自体がガラパゴス用語で満ちている。

 調べればわかるが、法学は西洋から学んだはずなのに、元になった西洋語の単語がない(明治以前に起源もない)法律用語がごまんと存在する。工学のように、普遍的概念として世界共通のものはない。

 

 ようするに、日本の法学・法律というガラパゴ規格を扱える資格(電気工事士さえもっと普遍性があるだろう。日米のコンセント規格は同じだ)であり、何ら生産性はなく、悪人を無罪にしなければならず、論理ではなく詭弁に支配されている。
 「電磁的記録」という単語が「コンピュータのデジタル記録すべて」を指すような世界が論理的、学術的とは思えない。

 

 明らかに科学的に間違っている用語がそのように解釈できるなら、玉虫色の解釈はいくらでもできるし、「科学による証明」をも有名無実にできる。

 「〇は△ではない」と裁判官が宣言さえすれば、黒いカラスも白くなる。
 違憲判決などこの典型例で、〇は△ではない、という「それおまえの感想だよね?」という判決文でしかない。

 ただ、法廷では、裁判官の「感想」によって人は裁かれる。
 カラスは絶対に白くならないが、法廷で「白いことになって」いれさえすればいい。
 事実とか論理とはそこにはない。

 

 これが民事なら、解釈をめぐって、第三者が裁定を下す、という論理、理解できる。が、刑事ではそうではない。形式上は、弁護士と検事がいて、裁判官は第三者に見える。
 が、形式上にすぎない。
 なぜなら、民事は争いの「解決」が目的であるが、刑事は「罪の決定」が目的だからだ。

 

 裁判官になるようなやつ、弁護士になるようなやつは、まあ、元々頭がおかしいし、「感想」で人を裁いているうちに、自分が神かなにかのように勘違いするのあろう。よく裁判官が「説教」するが、一体お前は何様か? と思う。
 なにせ、そいつが有罪なのは裁判官の「感想」にすぎず、実際にどうなのかは神のみぞ知る。

 にもかかわらず、説教するなど、自分が神と思っているからこそできる芸当だ。

 

 おそらく、裁判官や弁護士というのは、勉強ばかりしてきたのだろう。だいたい常識がない。
 工藤会の会長の死刑に対し、「人一人殺して死刑はおかしい」と発言した弁護士がいたようだが、まあ、どう考えたって、人一人殺したら死刑は「妥当」である。
 あまりにも常識がない。

 

 さらに、弁護士の多くはチー牛である。

 だからか知らないが、オタクじみた被告には重い刑罰を与え、イキった連中にあこがれがあるように見える。人権派弁護士なんか、特にそうだ。あと、女に妙に甘いのも、童貞臭い。

 

 ただ、司法試験合格者でも、検事は若干違う。
 「正義」のために検事になる層がおそらく、一定層いる。ただし、そのほとんどは、安倍ちゃんに忖度した黒川検事長と同じで、金も尊敬もない世界だから、「権力」に執着する。
 とはいえ、所詮、検事は黒川検事長でわかったことだが、政府の犬であって、国民の方は見ていない。

 

 そう、田中角栄の逮捕である。

 伊藤栄検事総長は「巨悪は眠らせない」というポリシーの元、元総理を逮捕した。あたかも正義の体現であるかのようだが、現実はそうではない。
 「巨悪は眠らせない」というポリシーを持った人間が、はたして検事総長になれるだろうか? 公務員の世界は、上に逆らうやつは「絶対」に出世しない。

 

 田中を捜査した検事は左遷されたというが、堀田力は栄転している。まあ、そういうことだろう。田中を「失脚」させ、政界から完全に追いだしたい勢力があったのだ。そういう話だ。
 その証拠に、贈収賄の疑いのあった岸信介などは、逮捕されていない。田中だけが逮捕されたこと自体が不穏だ。

 

 田中は生え抜きだった。

 ほかの戦前から居座っている政治家、二世三世とは異なっていた。所得倍増計画で国民の人気も高かった。だから、正攻法で田中を政界から追い出すのは無理がある。
 そこでロッキード事件である。渡りに船だっただろう。
 「みんな」しているのに、田中「だけ」逮捕された。

 昨今で言えば、猪瀬元東京都知事「だけ」が贈賄で叩かれたのと同じだ。石原なんかその10倍はもらっていたはずだが。

 

 まあそういうわけで、司法にかかわる仕事は「軽蔑」される仕事だ。

 

 そらそうだろう。


 最高裁判事検事長を行政府長が任命するんだし、立法府の議員から行政の長が選ばれるんだから、三権分立もクソもない。
 行政府の「おともだち」は、たとえ、正義感のある警察官がなんとか逮捕しても、検察が「不起訴」にするから絶対に罪に問われないし、また、正義感ある検察が起訴してしまっても、裁判で「無罪」にできるし、地方の裁判官にこれまた正義感がいて有罪にしても、最高裁で「おともだち」が無罪にしてくれる。

 

 「おともだち」を有罪にするハードルはとても高い。

 

 戦後、弁護士は自治権をもったというが、まあ嘘なのである。検察庁が独立機関というのも嘘なんである。
 そもそも、弁護士の数が少ないんだから、どう考えても、弁護士と検察官と裁判官はもともと顔見知りという可能性も高い。「八百長」はいくらでもできる。
 八百長がバレたらどうするって? 検察のともだちが「不起訴」にしてくれるから安心だね。