拷問

 拷問が使われなくなったのは、人道的観点もあるが、それよりも意味がないからである。
 無実の人間が拷問から逃れるために嘘の自白をするということが心理学で明らかにされてから、無意味となったのだ。

 

 嘘の自白というのは犯罪捜査でも、戦争中でも、却って情報を混乱させてしまう。
 たとえば、敵の将校だと思って捕まえたやつが実は単なる一兵士にすぎず、しかし、拷問のせいで、嘘の機密をつくっていたとしたら? 拷問は無意味どころか有害である。

 

 中世の人間の多くが拷問を支持したのは、人は苦痛にあえば真実しか言わないと思い込んでいたからだ。
 しかしこれは、拷問にかけられたのが真犯人の場合で、無実や人違いだった場合は、嘘を言う以外に逃れる方法がないというわけだ。

 

 むしろ、相手を優遇したほうがいいのだ。司法取引なんかいい例だし、捕虜を厚遇して、捕虜に感謝の念や、もっといい待遇を求めようとする欲を刺激することで機密を引き出す。

 

 暴力はある意味問題の解決には有効だ(嘘の自白でもそいつが犯人であり有罪となれば、事件そのものは「解決」する)が、真実の追求にはあまり意味がなく、正しい情報の入手にも意味がない。