総裁選

 改革なんて誰にでもできる。
 「成功する」改革は誰にもはできない。

 

 しかし、「改革」だけなら、幼稚園児にもできる。なぜなら、現状と違うことをすればいいだけだからだ。
 だから、改革改革というやつは基本的に「無能」である。
 実は「現状維持」は非常に難しい。
 なぜなら、現状維持には「成功」しかないからだ。失敗すれば、それは「維持」ではない。

 

 「改革」するというのなら、具体性がないと意味がない。
 そしていまのところ、具体性は立候補者全員にない。

 

 さらに、自民党の総裁選はあまりにも党員票が少ない気がする。
 国民を馬鹿にするのはまだいいが、党員も馬鹿にしている気がする(麻生は後援者を「下々」と呼んだらしい。馬鹿も過ぎる。何様だろうか)。
 決選投票なんて、党員票はほぼ無意味だ。

 

 また、国民がー国民が―と本人たちもマスコミもいうが、総裁選はアメリカや韓国の大統領選とは根本的に違う。
 非自民党員の国民が関与できる要素は0なのだ。

 

 にもかかわらず、前回の菅のときもだったが、まるで大統領選かのような演出がされていた。あほくさい。
 総裁選なんて自民党内部で決まることなのだから、大々的にマスコミが取材も報道しなくていい。勝手にやって、勝手に決めればいい。

 決まってから、報道すればいい。

 

 こういう傾向になったのは野党が死んでしまったので、自民党の動向=政府ということになっているからだろう。
 総裁=大統領という錯覚がある。いまは錯覚かもしれないが、そのうち既成事実のようになっていくのだろう。怖い。

 

 勘違いしている人間が多いが、自民党は「民間組織」だ。政府ではない。
 だから、過剰報道だ。
 立候補者もどうせ派閥政治で決まるくせに、国民国民いいすぎて気持ち悪い。そんなの1ミリも考えてないだろう?

 考えているのは、二階や麻生、安倍の機嫌取りだろ?

 

 単なる民間の「徒党」だから、そのトップが派閥政治で決まるのは何もおかしくない。
 しかし、日本は行政府が米韓のように独立していないので、そのままダイレクトに行政府に反映されてしまう(派閥の論理>国民)。大統領制を採用するべきだと思う。そうしないと、国民の声は「絶対に」反映されない。


 だって、システムがそういう風にできてないんだもん。