工業製品は最初の仕様策定が大いにのちに影響する。あたかもバタフライエフェクトのように時間の経過で影響を増す。
このため、仕様策定は有能な人間、未来を想定できる人間がやらねばならない。経営は容易に変更できるが、製品仕様は容易に変更できない。
一度仕様が決まってしまえば、容易に変更できず、企業の未来を大きく左右する。場合によっては一企業にとどまらず業界全体の命運さえ決めてしまう。
それに比べれば経営判断など大したことではない。くじ引きで決めてもいい。
たとえば、キーボードにはいまもNumLockキーが存在するが、これは古い仕様の名残で、使っているやつなんぞいないだろうが、マザーボードの仕様がそうなっており、一メーカーが勝手に変更できない。
もっといえば、コンピュータのキーボードというか文字入力の仕様はテレタイプ、もっとさかのぼるとタイプライターまでさかのぼる。
現在コンピュータは文字列の改行をキャリッジリターンとラインフィードという二つの文字コードで判断しているのだが、これはどっちもタイプライターの仕様である。
で、問題がある。
タイプライターはハードウェアの仕組みとして、キャリッジリターン(タイプライターのキャリッジを先頭に戻す)とラインフィード(一行分、印刷しを進める)の両方が必要だったが、コンピュータの入力カーソルに最早先頭に戻すための専用コードは不要なのである。
結果、Windowsはキャリッジリターンとラインフィードが続けてきた場合に文字列を改行と判断、Macはキャリッジリターンのみで通常判断し、Linuxはラインフィードのみとなっていて、タイプライターの古の仕様のせいで、現在の主要OSの改行コードがバラけてしまっているのだ。
もちろんタイプライター時代にコンピュータの出現を予見できたやつはいても、入力端末がキーボードになるとは予想できなかっただろう。
致し方はないが、これは古い仕様がもはやスタンダードになってしまい、そのせいで、OS間で文字列をやり取りする際に、余計な処理やコストがかかってしまう呪いになってしまっている。
まあ、そもそも、コンピュータの文字の仕様の基本を定めたASCIIコード自体がもはや不要なコードであふれかえっている。
たとえば、ベル制御もそうだ。なんでこんなもんを文字コードにしているんだ? 文字とは関係ないハードウェアの制御じゃないか! と思うが、テレタイプには必要だったし、テレタイプにはハードウェア制御と実際の文字列は不可分だった。
現在のコンピュータのように文字列だけをデータとして扱うわけではなかったからだ。
さて、失敗は数限りなくあるだろうが、この仕様の策定が大成功した一例がキヤノンのEFマウントである。
EFマウントは機械的な接点を排し、ボディとレンズが電子的(UART通信・シリアル通信)にのみ接続するという仕様で策定された。
当時、この方式を採用したのはキヤノンのみで、他社が採用しなかったのは当時はまだ多くの電子機器の性能そのものが低く、また、多くの機器が機械的な制御で動いていた時代だ。
工場なんかでも、485通信ではなく、多くが接点リレーで賄われていた。もちろん、イーサネット制御など存在もしない。
だから、ミノルタもニコンも旭光学も当時の主要メーカーは機械接点を搭載してAFや絞り制御を実現した。
コスト的にもこれが正解に見えた。
キヤノンのそれはコスト高だった。
しかし、電子部品は急激に安くなり、デジカメ以降の際はとんでもないアドバンテージとなり、キヤノンはほとんど同率といえたニコンを完全に突き放して現在に至っている。
当時UART通信とレンズ内モーター内蔵を提唱した人物をキヤノンは表彰したほうがいい。