憂邦烈士連合会@ソロプレイ

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ポケモン

 またうっかり、ポケモンSVを買ってしまった。

 剣盾のグラフィックがすごくよかったが、今回もまあよい。全体的にコントラストが高いのは頂けないけど。
 今回は学園モノなのね。ガンダムも学園モノだし、ラノベで10年以上前にはやった流行りがいまきてるってことは、まあ、当時のラノベ世代が40歳くらいになってて権限をもってるってことなのかな?

 で、剣盾は稀に見える出来のよさだったが、今回もプログラミング的な意味では微妙である。
 剣盾はプロデューザーが優秀だったのかどうかわらないが、ゲーフリの技術力のなさを「巧妙に隠す仕様」だったと思う。
 下手にオープンワールドにせず、一部地域だけを広い平原としてマップに組み込むあのやり方はうまい。
 なにせ、今回のオープンワールドは正直微妙で、ネットで、「幅の広い一本道」を目指すべきという意見を見たが、まことにその通りだ。

 そもそも、リアルタイム初代世代だが、初代はもうとんでもねえバグゲーだった。
 最初からゲーフリは技術的には微妙な会社だった。
 正直、日本一のほうが技術力があるのではないかとすら思える次元だ。

 さて、故・岩田社長がポケモンには深くかかわっていて、天才プログラマーだった彼によって金銀は日の目を見たともいえる。
 しかし、彼はゲーフリの社員ではない。社員だけでは金銀の開発に行き詰まっていたのだ・・・。
 この辺が問題だ。

 そもそもゲームフリークポケモンのような1000万本売れるタイトルを作れるような会社じゃない。
 多くの人が勘違いしているが、著作権の一部を任天堂は有してるし、任天堂がパブリッシャーなのは事実だが、今もポケモンのもろもろの権利、開発はゲームフリークがやっている(売り上げに対してゲーフリの規模があまりに小さいので、おそらくゲーフリが持っているのはゲームの開発権限なのだろう)のだ。

 だからSVのオープンワールドと、ゼルダオープンワールドが雲泥の出来なんだよ!!
 ゲーフリの社員は169人しかないんだぞ??
 AAAタイトルをなぎ倒すタイトルつくってる会社なのにだぞ??

 問題の根は、初代ポケモンがあそこまで売れると誰も思っていなかったことだ。
 売れると思っていたなら、任天堂がすべての権利を頂戴していたはずだからだ。この辺、SWに似てるなあと思う。
 SWもディズニーに売られるまで、ルーカスのポケットマネーで作成される壮大な同人映画だったからな!!
 まあ、ポケモンって初代がそもそも「何かの間違いで才能もクソもなかったやつがあててしまったクリティカル」感すごかったしね。
 初週10万本だったそうだ。
 え? 売れてるって? 今の感覚でいうな。
 当時はミリオンいかなかったからって理由で、国内90万本も売ったゼノギアスに続編つくられない時代だかんな!!

なぜオタクからすれば投げ売り確定の作品が喧伝されているのか?

 社会を支配してるような陽キャってワンピースすら実は読まないから、そういったやつを「これが受けてるんですよ」って言って騙して金を吐き出せるのに、今のジャンプコンテンツって都合がいいんだよね。ほら、鬼滅の刃が400億ですからで、一撃。
 って話。

ラーメンはスープからはニワカ。通ではない

 ラーメンはスープからはニワカ。通ではない。
 なぜか?
 拉麺とは、手で伸ばした麺の意味である。

 中国では、麺とは日本語で言う麺類のことではなく、小麦粉製品一般、生地を指す。ゆえに、パンは、麺麭とかく。もちろん、パンは麺類ではない。
 日本語で言う麺類は麺条という。紐状になった小麦粉製品、の意である。

 なので、ラーメンとは本来、製麺の技術を楽しむ食い物であって、スープを食うものではないのだ。

 というのも、むかし、ラーメンが中華そばと呼ばれていた時代、スープは簡易なものだったし、中国本場でもそうだった。だから、日式ラーメンは別物と言われているのだ。
 今のように豚骨スープを何日も煮詰めてつくる。
 なんてことは100年前には到底無理な相談だ。コストも時間も。
 だからスープは簡易なのである。その代わり、麺自体を楽しむ。

 だから刀削麺や一根麺が有名だが、とにかく、代わり映えのしない味を麺を変えることで楽しむ、これが本来の麺類の食い方。そして、ラーメンの本義である

 ゆえに、麺を最初に食うのが本来の姿だ。
 しかし、ガラパゴ化したことによって、麺は軽視されるようになった

 中国ではいろいろな麺のスタイルがあるのに、日本では棒状しかないことからわかるように、日本人は麺の形状にもともと無頓着だった。
 だから、高級ラーメンですら製麺機、市販品の麺を使う。
 アホめが。

ソースコードを書くのは単純作業か?

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 コーディングとかプログラミングって、わけのわからない(論理的にという意味ではない)仕様と、人間の決めた仕様書との戦いであって、ロジカルな世界でもなんでもなく、トライアンドエラーでかつ出口の見えない世界だ。

 というのも、コンピューターの世界の物理法則に支配されておらず、マイクロソフトだのグーグルだのが勝手に決めたルール=仕様の話なので、仕様書見るか、ぐぐらないかぎり、まあわからないし、人間の作ったもんだから、だいたいバグがあるけど、OSを一からつくるわけにもいかず、大企業のつくった下痢便の後始末もしないといけない。

 論理が支配しているのは一部の学術・金融演算プログラムだけど、ああいうのは、計算式とアルゴリズムの世界なわけで、そんなもんはごくごく一部の人間しか触れない世界だ。

 99%のコーダー、PGの仕事は、わけのわからない仕様との泥臭い戦いでしかなく、何度も言うが、それは自分のあずかり知らないところで恣意的に決められた何かで、しかもバグを大いに含み、やつらはバグを直さず、私が客から怒られる。

 UIが気に入らないだけでバグと言われる世界だ。自分の使い方が悪いくせに、バグと言われる世界だ

 なんでりんごは空にのぼっていかないんだ! と言っても無理だ。それは神が決めたことだ。ニュートンのせいではない。

 しかし、ITの世界の法則はぜーんぶ(一部のハード部分、シャノンの理論的なところは例外)人間が勝手に決めたんだ。
 まだまだ使えるものを勝手に削除し(MSおまえのことだよ!! DVD再生機能を切るな!!)、不便を強要してくる(モバイルソフトのできないことの多さ、簡単なことを異様に複雑にする手続きにはうんざり。VB6より退化している部分が多い)。

 もちろんやつら上級IT業界人間たちは、自分たちでは一切コーディングしないんだから、垂れ流しよ。

 PGの世界って、文系の世界なんだよ。

 大事なのは客と上司を黙らせるコミュ力。体育会系の世界なんだよ。

 論理?

 ないない。PGが論理だと思っているのは素人と学者と文科省の役人だけだろ。

 たしかに、プログラムを学習する子供向けのキット(スクラッチ含む)は論理的な思考を得るのには有用だが、プログラマーになるのには「一切必要ない」。
 イデアとしてのPGと、現実のPGには、もはや何の関連性もないのではないか? というほどの違いがある。

太ももの太さ

 前から太ももはいいぞと言ってきた。しかし、00年代は90年代、80年代をひきずっていて、いくらでも盛れるはずの二次絵ですら細いのが多かった。七瀬葵の絵柄が正義だった00年初頭くらいは暗黒である。


 はっきり流れが変わったのは「けいおん」で、「あいうら」はであった。
 そして、フィギュア界を現在席巻しているライザさん(ミク、狂三の二強に迫る勢いである。なにせ数が出ているのに、figma以外いまのところハズレがないのだ)はまさに、太もも難民へのメシアだったといえる。

 しかし、以下の画像を見て思った。


 太ければいい派の私であるが、よく見るとライザのキャラデザはみーんなスタイルそのものはいいのである。プラス、太もも。
 寸が足らない、つまり現在の二次絵の文法のままではイマイチなのだ。
 改革が求められる。

なぜ海外かぶれ、特に欧米かぶれは頭が悪く見えるのか

 なぜ海外かぶれ、特に欧米かぶれは頭が悪く見えるのか?

 これは実に単純な話で、日本社会は平均IQ100にアジャストされているが、欧米社会は平均IQ90にアジャストされているからだ。

 欧米文化というだけで称賛し、IQ90の文化を偉そうに語るのだから、頭悪そうに見えるのは仕方がない。彼らが憧れているのはアッパー階級の文化だが、欧米文化の多くは90なのだ。

 なにせ、100近い、もしくは100を超えた平均IQの社会は東アジアだけで、日本、韓国、中国、モンゴル、台湾、ベトナムに限られる。
 偶然なのかわからないが、この範囲は、おおよそ中華文化圏と被っている
 北朝鮮はデータがないが、モンゴルの例からすると、おそらく高いスコアであると思われる。

 この東アジアレベルの平均IQのある欧米の国は一つしかない。ドイツ? 違う。イタリアである
 イタリア人だけは100のスコアを記録しているが、ドイツ人でさえスコアは90半ばだ。

 そもそもドイツの科学界を率いてきたのはアシュケナージユダヤ人が多かったのだから、ドイツ人自体のIQがイタリア人より低いのは納得だ。
 イタリアの科学者は歴史的にユダヤ人が少ないのだ。有名なイタリア人科学者でユダヤ人ってきいたことがない。カトリック教国ってのもあるかもだが。

 ハンガリー人が東欧では比較的にIQが高いが、マジャール人(アジア人)の血筋と考えるとそうなのだろう。

 ただし、これは平均IQの話だ。

 欧米は基本的に階級社会で、日本の階級のようにコネやカネで出入りが自由ではないため、文化や芸術、政治を担う層の平均IQはおそらく日本よりも高くなる
 階級内で結婚していくからだ。
 26世紀青年がこのへんおちょくってて面白い。

 日本では九大卒と底辺高卒が同じ職場同じ賃金で働く国だが、世界広しといえど、そんな国は日本しかない
 韓国ですら、まっとうな人生ならそうはならない(チキン屋になる可能性はある)。しかし、日本ではミスしなくてもそうなることは多々ある。

 日本社会は均質というよりは階級間移動がすごく激しい国といえる。階級間移動が激しすぎて、均一に見えてしまうのだ。

 年功序列もいい例だろう。勝手に階級があがっていく

 普通の国では管理職候補は最初からそうだし、平社員は定年まで平社員だ。そしてそれは学歴や実績で変わる。日本のように自動であがっていかない。
 これが日本の文化がどこか幼児性の強いものと感じる理由だろう。欧米文化は大人に見える。

 二律背反のようだが、そういうことなのだ。

 出羽守や欧米崇拝者の憧れる社会はIQの高いアッパー階級の文化であって、しかし、ほとんどのガイジン(日本人のこと)はその異国のアッパー階級に触れることはできないから、憧れて渡米しようと、渡欧しようと、コミットできるのはミドル以下の社会と文化だ。
 そしてそこはIQ90台の社会なのだ。
 そのことを指摘されると、顔を真っ赤にして怒る

 社会そのものは日本社会のほうが成熟している。
 これは平均IQが高いからだ。だから、欧米の社会はすごいんだ! という出羽守は馬鹿に見える。

 一方、文化芸術をリードする層は欧米ではエリートである。
 日本のように出入り自由ではない。だから、IQ高めになる。ゆえに、欧米文化はどこかかっこよく、大人に見える。

 前者(IQの低い社会)はいわゆるSDGSやECO原理主義、クジラ保護、死刑廃止論といった社会活動で、馬鹿にしか見えない(実際はアッパー階級が扇動しているのだから、ますますそう見える)。

 後者はファッションやエンターテイメントだ。

 こうなるのは、社会は社会の構成員の同意がないと成り立たないため、平均IQにアジャストされる一方、文化芸術は作り手がウケのいいようにつくるからだし、ダサい頭の悪い文化芸術に憧れるやつはあまりいないからおのずと高くなる。

生理の苦しみはわからんが

 生理の苦しみはわからんが、女には「ちんちん入れたくて入れたくてたまらないけど我慢するしかない苦しみ」がわからんのだろうなあ。

 だから私は、ずっと言っているのだが、胸元を出したり、体の線がはっきりわかる格好は、男性に喜びではなく、苦痛も与えるのだ、と女は理解すべきだし、逆セクハラともいえる。

 この苦しみは生理痛に匹敵するといっても過言ではない。