正常な世界だと思うよ

 

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 銃撃自体はよくないが、あれだけしたい放題した人間が撃たれるのは正常な世界だと私は思うよ。安倍ちゃんのせいで人生台無しになった人間はたくさんいただろうから、そりゃ、殺してやると思うこともあるよ。
 むしろ、いままでそういうことがなかったのが異常だと思うよ。
 手段としてはもちろんよくないけど、やりすぎたらこういうこともあるってのは世界の常識じゃないかなあ。

 京アニは燃やされて、一般人は電車で襲われるのに、氷河期数十万人、たぶん自殺者は三桁だと思うけど、そういった人間を生み出した竹中がのうのうと生きている世界だもん。
 変だよ。
 社会が気に入らないのに一般人殺してどうするの? ってずっと思ってたけど、ようやくこういうことするアホが出てきたのね。

 人の人生を台無しにするなら、自分も台無しにされる覚悟ないとだめだろ。

 とはいえ、このおかげで同情大好き日本人は自民党に入れるから、世紀の馬鹿勝ちするよ。

電話とインターネットの同一性

 今度のKDDIの障害で思ったのは、もはや電話回線はインターネット回線とほぼ同一なのだなということだった。

 交換機とはいっても、アナログのそれとは似ても似つかないIP変換機である
 アナログ変換器ならデータベースなど要らないと思うが、データベースで加入者の回線を接続先に振り分けている。完全にただのルーターではないか。
 ちょっとまえに、電話したら呼び出し音がやんだので話しかけても相手が答えず、仕方なく切り、しばらくしたら逆に電話がかかってきて、さっき自分が喋った内容が電話口から聞こえてくるという謎現象があったが、パケット通信ゆえの現象だろう。何か副葬したのだ。
 アナログならタイムラグはあっても、こんなことは絶対にない。

 NTTはすべてIP電話にすると言っているが、実質もうIP電話みたいなもんであろう。携帯電話はIP電話だろう。
 いまだにIOT端末用SIMにも電話番号が割り振らているが、もはやこれも本当は必要のない単一性を担保するIDにすぎないわけだ。

 そもそも、電気信号をハードウェア的に復号しているわけではないのである。携帯電話のコードブック方式がそれである。コードブック方式。考えるだに怖いのだが、確かにアナログ波形を送るよりもずっといい軽量な方式である。

 しかし、思うのである。なんだかつまらんなあ、と。世界は多様性を訴えているが、ハードウェアの世界の多様性はなくなっていく。
 私はカメラが趣味だが、これもそうだ。
 2000年代なら、スチルカメラとビデオカメラは明確に違っていた
 そもそも、スチル用は一眼レフだった。しかし、最近はその垣根はほとんどないに等しくなった。ソニーやパナは中身の基盤やセンサーはほぼ同一のスチル機とビデオ機をリリースしている。違いは何かと言えば、ファンがついていて動画の長回しができるとか、ビデオ用のステレオ端子やヘッドフォンジャックがついているとか、ファインダーがないとか。そんなもん。本質的な部分に差がない。

 最近IOTが話題だが、これにしたって中身はほとんど同一で、プラットフォームやサービスで差別化しているにすぎない。
 かつてはマイコンチップもいろいろあったが、もはやほとんどARMになってしまった。
 サーバや事務機にはx86もいまだに多いが、ARMになるのは時間の問題(10年後にはWindowsがARM版だけになるだろう)だし、FAシーケンサーも中身はARMパソコンとほとんど同一だ。

 ハードウェアの多様性も消えるが、低次元のソフトウェアもまた多様性が失われている。
 FAの通信規格は、かつての485形式は物理層しか定義していなかったので、さまざまな実装があったが、最近はなんでもかんでもイーサネットである。名称や仕様は違えど、所詮はTCP/IPの変種にすぎない。

 APPストアに並ぶアプリも、独創性のあるものなどない。皆似たようなものばかりだ。ひとつヒット作が出るとガワだけ変えたコピーが雨後の竹の子のようにリリースされる。
 AndroidWindowsクロスプラットフォームもあったり、HTML5を使っていれば最早OSの違いによる実装の差異もない。

猛暑

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 暑すぎて、故障しているエアコンを放置できず、新しいのを買った。
 昔、タイに旅行した時、タイの夏のほうがマシだったのを憶えている。台湾は除湿器付パソコンケースが売っていたくらいなので、日本よりも湿度がやばいらしいが、東南アジアはそうとも言い切れないと思った。

 アフリカやインドよりも暑いと言われる日本の夏だが、どう考えても湿気のせいだ。クーラーの冷気というよりは、除湿の効果も大きい。除湿器大活躍やぞ。

AV規制

 伊藤和子とかいう弁護士とAV女優のTwitter上でのレスバを見て、なるほど、今回のAV規制の真の目的が見えた。
 伊藤和子なる弁護士のTweetは始終女優を馬鹿にしている風で、実際馬鹿にしているのだろう。そして、今回取りざたされている「取り消し権」自体は正当な権利だと思うが、やりたいことは、早い話「金儲け」なのだろう。そんな気がする。
 過払い金訴訟と同じで、ブラック金融なんて潰しても誰も困らないから、ブラック金融で金儲けをしようとしたのが過払い金訴訟である。

 今回のもそれだ。取り消し権を行使したい女優から金を巻き上げるのが目的で、どうせポルノ業界なんて潰しても誰も困らないし、AV女優なんて頭パッパラパーだろうから簡単に稼げそう、ということだろう。
 レスバで思想や信念について一切語っていなかったのは、そもそもそんなものがないからだろう

 もちろん、伊藤和子単独で発案したものではあるまい。弁護士業界が次の金蔓としてターゲッティングした、というのが正しいだろう。すぐに立法されたのと、メディアが規制を大歓迎しているのが証拠だ。

 しかし、AVというのは日本人の約半数にとっては「どうでもいいものではない」。取り消し権は大事だが、強すぎる規制によって業界が衰退することを日本人の約半数は望んでいないし、このような法案が男性弁護士主体から出てくることはないであろう。
 下半身は望んでいない。

底辺の仕事

 炎上案件である。

news.yahoo.co.jp
 底辺とは何か、ということには侃々諤々の議論もあろうが、少なくとも、社会に必要な仕事、真面目なカタギの仕事に対し「底辺」という言葉を使う感覚(センス)がもう駄目だ。

 この中で実際に「底辺」なのは(例外)となっている株式トレーダーだけだ。
 彼らは社会にとって不要である。いてもいなくても、社会は何の不都合もなく回るのだ。なにせ、そんな仕事は200年前にはなかったが、保育士は乳母という仕事があったし、建築作業員も大工という仕事があったし、他の仕事は江戸時代にも全部あるのだ。コールセンター以外。

 「底辺」という言葉を使った時点で、明らかな蔑み、職業差別がある。
 「底辺」と呼んでいいのは、AV女優だとか、風水とかくらいだろう。ああ、あと商社のような右から左へ移すだけで儲ける仕事。銀行もだね。でもそういうのは「底辺」と呼ばないし、ここにも書かれていない。

 なぜだろう?

 書いた人間が「底辺」をどういう意味で使ったか。ほとんどブルーカラーという意味で使っている。みんなエッセンシャルワーカーだというのに。
 これが3Kの仕事というのなら、まあわかる。大変な仕事というのなら、わかる。しかし、それを底辺呼ばわりとは、書いた人間の人間性、視野の狭さが浮き彫りである。

 また、トレーダーを(例外)として入れていることから、金は持っているが学歴のないようなフリーのトレーダーに妬み嫉みを持っていそうだ。しかし、就職サイトなんていうのは、「要らない仕事」である。
 一昔前は、会社は自前でやっていたわけだし、こんなもんはリクルートが始めた虚業だろう。社会に不必要という意味での底辺職種は君自身だよ、と私は思うが。

 実際、土木作業員は平の工員でなく、オペや監督、鉄筋工、ボーリング屋、足場工、このへんはわりと収入がいいのだ(電工はクソだ)。多分、よくわからん就職サイトの大卒よりは給料がいい
 給料がよくて、社会に必要な仕事が底辺だとは、笑ってしまう。昔から大工は低学歴の高収入の代名詞だったではないか。

アホの思考回路は同じ

npn.co.jp
 何年か前に、アイスケースに入って炎上した事件を知らんのだろうか。しかし、常人はアイスケースに入ろうとまず思わないし、思ったとしても、それを面白いとは思わない。
 馬鹿の思考回路には一定の法則性があるのかもしれない。要研究ではないか。

地震学の誕生

 日本は地震大国なのだから、ヨーロッパの近代化に重大な影響を与えた「事象」であるリスボン大震災に触れればいいのに、全く触れない

 おそらく、地震なんてものが社会や政治に大転換を迫るような影響はないと思っているのだろう。地震大国だけに、逆に、だ。
 また、ヨーロッパが「思想」で変わったと思い込みたいのだろう。まさか、地震をたくさん経験しておきながら、近代化の契機の一つが地震だったなんて、これでは「近代化」できなかったことが馬鹿みたいではないか。
 実際、江戸も地震後に火除け地はできても、耐震建築という発想も、地震予知という発想も全く出てこないのだ。この場当たり的な対策、現在もそうだと思う。

 そう。近代化において、リスボン地震は外して語ることはできない
 というのも、いくら近代思想――反キリスト教的な思想があっても、「証拠」がないと話にならないからだ。そして、キリスト教暗黒時代に完全な終止符を打ったのが、この震災であり、「証拠」なのだ。

 リスボン大震災は、イギリスのグレートアースクエイクみたいな、日本人なら鼻であしらうようなものではなかった。
 グレートアースクエイクの震度はだと言われているが、リスボン大震災はマグニチュードだったと言われている。また近海200kmで発生しており、震源が近い。
 このため、巨大な津波リスボンを襲い、数万人が死に、王宮は流された。九死に一生を得た王は死ぬまで閉所恐怖症を患い、倒壊しても押しつぶされない木造テント以外で生活できなくなったという。まあそうだろう。

 で、この地震は、植民地時代から一貫してカトリックを広めるために尽力してきたポルトガルの首都で起き、かつ善人悪人の区別なく都市の半数近い人間が死んだ。
 この事実は地震を「神罰」と考えるキリスト教の考えを根底から疑うものであったし、市民や教育を受けていない層も、キリスト教の神と教えに疑念を抱いたに違いない。

 面白いのは、日本でやたらクローズアップされるイエズス会は、震災は神罰と言ったために、震災後、ポルトガルを追放されている。
 これまでイエズス会を先兵として使っていたポルトガルの、この大転換はルターの宗教改革よりも重大なトピックである。
 西洋史中世以降ゲルマン世界偏重(日本人は英独の歴史観を無批判に受け入れている)なのでこういう間違った重要視が起こる
 だって考えてみたらいい。プロテスタントキリスト教でしかない。アンチクリストではないのだ。所詮はキリスト教内部の内ゲバにすぎず、ほとんど近代化やルネサンスとは無関係だと私は考えている。
 ひとえに、ドイツ人が自分たちがあたかも近代をつくったかのように錯誤させるための捏造だ、とすら思う。マックスウェーバーの説も、現在では妄言とされているが、日本ではいまだに根強い信仰がある。ドイツ人の嘘に騙されるな
 ドイツ人が近代文明に参画したのは、とっくにイタリア人が近代を開いただ。

 話が脱線したが、つまり、この地震を境に、ポルトガルキリスト教への強い関心を捨ててしまうのだ。

 また、ポルトガル政府は耐震建築の設計を始め、神罰なら仕方がないという考えではなく、地震はいつ起きるかわからない「現象」であるから、これに対応できる策を講じる、という考え方にシフトする。
 以降、災害は神の意思や罰ではなく、予測可能な現象であるという考えが変わり者(異端者)だけではなく、エリートたちの間に一般化していくのだ。
 まさに近代への飛躍である。

 近代思想はポルトガル大震災をもって、「神への疑念」を現実問題化したのだ。

 また、それだけではない。近代科学も本当の意味でここから始まった。
 このとき耐震建築の設計を任されたポンバル侯爵は偉大な人物と言える。
 これまでの科学はニュートンのように、数式で神の意志を推しはかろうというものだった。
 それらは何ら実際的な意味がなかった
 ケプラーコペルニクスにしても、天体の動きや、地動説や天動説の違いなど、実生活にはどうでもいいうえに、役に立たない話だった。
 実際、天動説も地動説もそんなことに関心のなかった東アジアの天文学が問題なく運用されていたのだから、実際の運用に近代の天文学は不要であった。

 しかし、彼は現代の地震学に通じる「実学」を始めたと言ってよい。統計や実験の繰り返しで、地震予知や耐震構造をつくっていったからである。「社会全体にとって有用な科学」がここに始まったのだ。
 これは重要だ。「社会全体」という部分が、だ。
 なにせ、古代エジプト時代から「実学」はあったわけだ。
 しかし、それは神殿の建築であり、徴税のための検地であり、「支配者にとって有用な科学」でしかなかった。社会全体の質を向上させるものではなかったのだ。地震学はすべての人間に「地震から身を守れる」という恩恵を与える。この点で、全く新しい学問であった。
 以降、欧州は社会全体が発展していく。科学だけではない。この、近代的発想は社会にも重篤な影響を与えていく。東アジアや中東では、革命があっても、新しい王が玉座につくだけの話であった。社会構造自体は何の変革もなかった
 中華帝国は秦から清に至るまでの2500年間、何の社会的進歩がなかった。

 しかし、「社会全体に有用な科学・学問」の存在は、社会構造の抜本的な変革を迫った。フランス革命のような社会構造を根底から破壊する事象が起こった
 これまた、ゲルマン歴史観だと思うが、イギリスの議会制民主主義があたかも革命的な社会構造の変質だと語られるが、フランス革命に比べれば屁みたいなものだ。
 だってそうじゃない? フランスに制度として存在した三部会とイギリスの議会制民主主義に違いがある? それに、イギリスのそれは王権の下での議会である。
 真に議会制民主主義と呼べるのはフランス革命で誕生する。そして、フランス革命を模倣したアメリカの人権宣言でその概念が確立するのだ。